千手観音さまの手/平成29年8月の法話(1)/お説教の詳細ページ/浄土宗西山深草派布教師会

浄土宗西山深草派 総本山誓願寺


 

 


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千手観音さまの手/平成29年8月の法話(1)


千手観音さまの手/平成29年8月の法話(1)の画像1
【担 当】 杉田道秋 師 〔愛知県豊川市 立信寺 住職〕
【御 題】 「千手観音さまの手」

 


 

 


 

 

千手観音さまは、千本もの手を使い人々を救って下さるといわれております。しかし、その多くは千手観音といわれながら、実際には四十本の手と、中央の合掌している二本の手を合わせて四十二本であらわされており、一本の手に二十五の働きがあるとされております。

何より注目したいのは、私たちに向かって合掌されております中央の手です。あなたと私を分け隔てることのない心、合掌がすべての手の働きの中心となっているのであります。

立ち並ぶ 仏のすがた 今見れば 皆 苦しみに たえしみ姿

この歌は、名古屋市に住むある男性が仕事に失敗し、多額の借金を背負い生きる希望をなくしてしまいました。「もうだめだ。死しかない。」と決めて死ぬ場所を求め、京都の三十三間堂までやって来ました。三十三間堂は小学校の修学旅行の思い出の地でした。立ち並ぶ仏様の中に父や母の姿を探しもとめていた時に詠まれた歌だといわれています。

仏様の中に父や母の面影をもとめ、ほほえんで立っている仏様の姿は、苦労されて修行されたすえのやさしさであり、父や母も、大変な苦労をして私を育ててくれたのだ。そして、そのやさしさの裏には、誰にでも人には言えない苦しい思いにじっと堪えて生きているのだということに気づかされた時に、死を考えている自分の愚かさを知ったのです。その時の心をこの歌はあらわしていると思います。

苦労して辛抱してきたからこそ仏様がいて、私にほほえみかけてくれる。父と母の苦労のお陰で今の私があるのです。なのに中途半端な生き方をしている私たちは、改めて命の尊さを考えたいものでございます。

 

 

このたび、当布教師会より法然上人800回大遠忌記念事業として法話集「法然さまからのお手紙とお歌」を出版いたしました。


法然さまが「黒田の聖人(ひじり)」に宛てた一紙小消息を、管長猊下お手ずから、わかりやすく現代の言葉に置き換えていただき、それを一区切りづつ布教師会の布教師がお説教として書き下ろしました。 また法然さまの代表的なお歌を八首取り上げ、それをテーマとしたお説教も掲載しております。

この本のお求めは、≪総本山誓願寺公式サイト「出版書籍のご案内」ページ≫ よりご購入いただけます。(一部1,000円税込/送料別)


 


 

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