「心に花を咲かせましょう。」平成28年7月の法話(2)/お説教の詳細ページ/浄土宗西山深草派布教師会

浄土宗西山深草派 総本山誓願寺


 

 


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「心に花を咲かせましょう。」平成28年7月の法話(2)


「心に花を咲かせましょう。」平成28年7月の法話(2)の画像1
【担 当】 祖父江義典 師 〔愛知県岡崎市 欣浄寺 徒弟〕
【御 題】 「心に花を咲かせましょう。」

 


 

 


 

 

7月になりまして、蓮の花がつぼみを膨らませてまいりました。

毎年、綺麗な花を咲かせた境内の蓮も、
昨年は夏になっても一向に花開くことが有りませんでした。

どしたものかと思っていたのですが、こんな事を教えて頂きました。

蓮の花を鉢に植えた時は、時々、春先に泥を入れ替えてやらないと、
花が咲かなくなってしまうのだそうです。

そうか…忙しさにかまけて、
手を掛けてやらなかったから、花が咲かなくなってしまったのか…

「泥中の蓮」という言葉がございます。
蓮はドロドロとした泥の中に根を張りながらも、水上にあれだけ綺麗な花を咲かせる。

泥中の蓮のように、汚れた環境の中にあっても、それに影響されずに、
清らかさを保ちつづけたいと、願うわけですが、煩悩多き、私達です。
知らず知らずのうちに、世間の泥に染まり、
気がついた時には、花を咲かすことが出来なくなってしまうのではないでしょうか。

お経の中に、「念々称名常懺悔」とございます。

西山上人は、「懺悔とは、罪を罪と知りて、悔い返す心なり」
と仰せられ、自分自身の罪の自覚を懺悔と示されています。

ここで言う罪というのは、私達の煩悩より生み出される無慈悲な行いの事です。
知らず知らずに無慈悲な行いをしてしまっている事に気づく事が、
懺悔の心、つまり私達の申すお念仏そのものです。

蓮の花を咲かせるために、泥を入れ替えるように、
私達自身も、時々立ち止まり、心が泥にまみれていないか、
ちゃんと花を咲かすことが出来るか、振り返り、
心に蓮のような清らかな花を咲かせたいものです。

 

 

このたび、当布教師会より法然上人800回大遠忌記念事業として法話集「法然さまからのお手紙とお歌」を出版いたしました。


法然さまが「黒田の聖人(ひじり)」に宛てた一紙小消息を、管長猊下お手ずから、わかりやすく現代の言葉に置き換えていただき、それを一区切りづつ布教師会の布教師がお説教として書き下ろしました。 また法然さまの代表的なお歌を八首取り上げ、それをテーマとしたお説教も掲載しております。

この本のお求めは、≪総本山誓願寺公式サイト「出版書籍のご案内」ページ≫ よりご購入いただけます。(一部1,000円税込/送料別)


 


 

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