「残虐非道の王、転じて世界の名王となる」平成28年7月の法話(…/お説教の詳細ページ/浄土宗西山深草派布教師会

浄土宗西山深草派 総本山誓願寺


 

 


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「残虐非道の王、転じて世界の名王となる」平成28年7月の法話(1)


「残虐非道の王、転じて世界の名王となる」平成28年7月の法話(1)の画像1
【担 当】 稲吉満了 師 〔愛知県岡崎市 崇福寺 住職〕
【御 題】 「残虐非道の王、転じて世界の名王となる」

 


 

 


 

 

お釈迦様が入滅されて後200年頃(紀元前3世紀)、インドの首都・ニューデリーの東にマカダ国と云う国があり、三代目の王様に、世界の名王と讃えられる阿育王(アショーカオウ)が君臨してい時代がありました。

王は、若いときから残虐非道な性格で、道路わきに地獄を作り、通りかかった人を次々に地獄に誘い込み、体を切り裂き、弄んだ末に殺すという非道を好んだので「残虐阿育」と恐れられていました。

父王はこのような性格では跡継ぎには難しいと考え、東南の遠国の守り役に派遣していましたが、父王が亡くなったのを様に、王位を継いだ弟のスシーマを滅ぼし念願の王様の位につきました。

王は、今のインドよりももっと大きな領土を切り取り、広大なインドの王様になりましたが、即位後8年、南印度カリンガの戦いでは、残虐な戦争で、敵、味方、一般も含め、数十万人の人々を血みどろにして戦に勝ち、広大な領土を奪い取り、望みは叶えられましたが、心身共に疲れはて、後味の悪さだけが残りました。それには過去に忘れがたい思い出があったからでした。

王は若いとき、お釈迦様の弟子で托鉢中の青年僧が通り掛ったので、王は、早速地獄に誘い込んで虐殺を始めようとした其の時、釈尊から「この世の平和と、人の幸ぜは、あらゆる生き物の命を大切にするという、優しい心からの施しをすると、どんな人でも、心が安らぎいつの間にか諍いを忘れ極楽の世界に生まれ変わることができるとする、常々の教えを、命がけで訴えました。王は、青年僧の真剣な訴えに感動した記憶を思い起し、残虐な心を一転して、三宝帰依により巨大化したインドを治めようと決心しました。

お釈迦さまのご入滅後は、広大化した領土の隅々まで八万四千の仏舎利塔を建設し、脇には獅子吼の像を乗せた円柱の塔を建て、不殺生の戒め、和合の大切さ、仏法の尊重などの文章を石に刻み、仏舎利信仰と共に仏道普及に邁進して仏教による平等を旨とした平和国家建設を実行し、世界三大宗教の基礎を築きました。布教に用いた「法輪」紋(日本の紋章の起原)は印度の国旗に採用され、後世、世界の名王と讃えられるようになりました。

今、私達は、国を分断した「源平の戦い」の末、法然上人は「知者のふる舞いをせずして、唯一向に念仏すべし」の遺言を残されましたが、2300年を隔てた今も相通ずる根幹は、生き物を大切にする「不殺生戒」であります。古歌の源は敵も味方も平らかに、一蓮托 南無阿弥陀仏は、この物語の全てを救い納めています。

十念 合掌

 

 

このたび、当布教師会より法然上人800回大遠忌記念事業として法話集「法然さまからのお手紙とお歌」を出版いたしました。


法然さまが「黒田の聖人(ひじり)」に宛てた一紙小消息を、管長猊下お手ずから、わかりやすく現代の言葉に置き換えていただき、それを一区切りづつ布教師会の布教師がお説教として書き下ろしました。 また法然さまの代表的なお歌を八首取り上げ、それをテーマとしたお説教も掲載しております。

この本のお求めは、≪総本山誓願寺公式サイト「出版書籍のご案内」ページ≫ よりご購入いただけます。(一部1,000円税込/送料別)


 


 

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